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「正しいこと」「役に立つこと」
心理的な世界で「正しいこと」を決めるのは、とても難しいことです。例えば夫婦ゲンカの場合、残業があるわけでもないのに、夫が家に早く帰ってこないことで腹を立てている妻がいるとしましょう。一見すると、夜遅くまで帰ってこない夫の方が悪いように見えますが、夫の言い分からしたら、仕事で疲れて家に帰ってくるのに、いつも妻から細かいことでイチイチ文句を言われて、たまったものじゃないという場合もありましょう。そうすると妻に原因があるように見えます。しかし妻にしてみれば、新婚当時はよく話を聴いてくれた夫が、最近はまったく自分に関心を向けてくれなくなったということが背景にあるのかもしれません。夫にしてみれば、それは過去に妻の浮気疑惑があったからだという話になるかもしれません。
物事は捉え方によって、まったく違う捉え方ができるということです。この例の場合、一概に夫が正しい、妻が正しいということは言えないでしょう。また、どちらかが正しいと決めてしまうことが良いことにも思えません。なぜなら「正しくない」と言われた方は立つ瀬がないでしょうし、どちらかが正しいことを決めることで、この夫婦の仲がよくなるのかどうかは疑問です。「正しいこと」を決めることと、「役に立つこと」が必ずしも一致するとは限らないのです。
ではこの夫婦の場合「役に立つこと」とはどんなことでしょうか。もちろんお互いが何を望んでいるかが重要なのですが、一般論で言えば、お互いの考えや思いを理解し、許しあうこと、なんていうことが言えるかもしれません。しかし、それも1つの考えに過ぎません。徹底的にぶつかり合うことが必要な場合もあるでしょうし、そんなにうまくいかないのなら、離婚することが結果的には良いという場合もあるでしょう。究極的にはその夫婦の選択ということになりましょう。物事は複雑なのです。
しかし、このように考えていくと、いかようにでも考えられるので、なんだか拠り所がなく気持ちが不安定になるような気もします。だから私達は普段の生活では手っ取り早く、1つの考えを選択し、それで自分を安定させる面があるのだと思います。特に「正しい」というのは水戸黄門の印籠のようなもので、「正しい」と思えば、自分自身も説得しやすいですし、周りの人にも強く言いやすいですね。でも実は「正しさ」も、その人の立ち位置によって、ずいぶん異なる場合もあるものなのですが・・・。
私は職業上、一面的なものの考え方には陥らないように、努めざるをえないのですが、なかなか難しいこともあります。○×式のすべて決められれば楽なのでしょうが、それもなんだか味気ないですね。さあ、どうしましょう?
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